妊婦の苦悩も知らないくせに
職場の師長には心拍確認後、
「妊娠しました。またご迷惑おかけしますがよろしくお願いします。」
と伝えた。
師長からは「そっかそっかー。よかったね。でも、前回ので有給ほとんど使っちゃったから、もう残りほとんどないからね。」と言われた。
は??
休むなってこと??
有給ないから、なに??
モヤモヤが募る。
身体大事にね、とか、今回こそは無理しないようになんでも言ってね、とか、そういう言葉はかけてくれないの??
夜勤免除についても「今さ、夜勤できない人2人いるし、家庭の都合で夜勤減らしてほしいって人もいるから、夜勤もなー。申し訳ないけど月2,3回はできる?」と、やる前提で話が進む。
「いや、あの、これからの体調見て決められませんか?急に夜勤休むと言ってもみなさんにご迷惑おかけしますし。」
なんでこんなことまで気を遣わなきゃいけないのか。
管理職はいかにスタッフを駒としてしか見てないのかよくわかって悲しくなった。
言いたくないけど、師長は結婚もしてなければ妊娠もしたことないから、分かんないんだろうけどさ。
はあ。
悲しくなる。
つわりはますますひどくなり、家か職場でゲエゲエ吐く毎日。
吐かない時でも空腹になると、舌圧子で舌の奥を押されてるようなオエっとした感覚に常に襲われ、排泄物や下膳車のニオイ、休憩室でもみんなが食べてるいろんな食べ物のニオイが混ざった空気にえずく。
誰にも妊娠のことは言えないまま、立ちっぱなしだとお腹も張るので、体調を見ながら自分なりに仕事のペースを配分し、休みながらなんとか乗り越えていた。
世間はシルバーウィーク。
だか、4連休も毎日日勤で出勤していた。
旦那が毎朝職場まで送ってくれたのが本当に救いだった。
帰宅すると、旦那の大阪のじいちゃんから霜降りのお肉が届いていた。
じいちゃんにお礼の電話をすると「夏バテに負けないように送ったんや!美味しく食べてなー!」と元気な声が聞こえて、うれしかった。
そして、旦那から「今日実家にも行ってきたんだけど、うちの親父も、やっぱり仕事休んだ方がいいってさ。なんとか休めないの?」と言われる。
「いや、休めるなら休みたいよ、そりゃ。でも休めないからこうやってなんとかやってるんじゃん。」と不機嫌に返す。
「それはわかるけどさ、でもこっちは命なんだよ?そんなに仕事休めないのって、その職場、変じゃない?」
カチンときた。
「それお義父さんから言われたの?わたし、電話する。」
「いや、いいって、電話なんかしなくって。」
制止しようとする旦那を無視して、義実家に電話をかけた。
「もしもし、すっかりご無沙汰してしまってすみません。お盆も仕事で顔出せなくてすみませんでしたー。」
「おお、ほんとにご無沙汰だよー。ところで淳から聞いたよ。あのさー、ほんとにこればっかりは大事な命なんだからさ、仕事どうにかならないの?」
「そうなんですよねー。ただ、職場も人が少なくて、決められた人員配置ギリギリでやってるんです。患者さん何人に対して看護師何人配置ってのが決まってるので、休むとなると欠員補充しなくちゃいけないし、で。なかなか休めなくて。」
「それはわかるけどさ、でも、命だよ?
そしてあんたの身体なんだしさ、ここで無理してまた流産したらクセになっちゃうよ。
子供産めなくなっちゃってから後悔して欲しくないからさ。だから休んだら?
休めば元気な赤ちゃん産めるとは限らないけど、動き回ってることがいいことではないことくらい分かるでしょ?」
反論する気もなくなった。
そんなの押し付けだろ。
「はあ...。そうですね。すみません、いろいろご心配おかけして。」
「そりゃ義娘の身体だもん、心配するさ。
それでも休ませてくれないなら『じゃあ辞めます』だっていいんだしさ。
看護師なんて、正直どこだって働けるでしょ?
淳の稼ぎでなんとかなるんだから、ここは淳に任せてさ、仕事なんて辞めちゃいなよ。
生活はなんとかなるんだから。」
黙って聞いてたけど、途中から涙が出てくる。
前回流産したのはわたしが無理したから?
次の流産は許さないからってこと?
次流産したらわたしのせいなの??
忠告したのに仕事辞めなかったお前のせいだってこと?
休みたくても休めない中でなんとか折り合いをつけて工夫して、いろんな我慢や気遣いをして生活してるのに。
そんなことも知らないくせに。
流産がクセになる?
なにを根拠にそんなこと言ってくるわけ??
別に生活が苦しいから仕事してるんじゃない。
わたしはわたしのアイデンティティのために働いている。
妊娠したらみんな仕事辞めなきゃいけないの?
わたしのキャリアは無視ですか?
あたかも「あなたのため」という枕詞をつけて、わたしのライフプランにズケズケ土足で踏み込んできて、ああしろこうしろ言われたのかとてつもなく不愉快で、悲しさを通り越して怒りに変わってきた。
妊婦の苦悩なんかなにも知らないくせに。
声を上げてワンワン泣いた。
心配して旦那が寄ってきたけど、触れられたくもなかった。
しばらくしてから旦那が「ごめんね」と謝ってきた。
「なんで淳くんが謝るの?なにも悪いことしてないでしょ?」と返すと
「なっちゃんの気持ち、全然考えてなかった」と言われた。
「わたしはあなたに言われたことが悲しくて泣いてる訳じゃない。流産のこと、お義父さんは仕事休まなかったわたしのせいだって思ってる。次も流産したらわたしのせいなんだね。」
「そんなこと思ってるわけないじゃん。なっちゃんの体の心配してるってことでしょ?」
「そんなことわかってるよ。心配してくれてることもわかってる。
けど、今のわたしにああいう言葉は辛い。仕事休めない中でなんとか頑張ってるのに、あんな風に言われたら辛い。
仕事しながら子供を持つことって許されないことなの?妊婦は仕事しちゃダメなの?
社会の中で働きたいっていう気持ちは持っちゃいけないの?
子供を持つことってそんなに最優先で重要なことなの?」
旦那は黙り込んだ。
それからもしばらくわたしは泣いた。
旦那がスッと抱きしめ、「ごめん。俺はなっちゃんが居てくれるならそれだけでいいよ。」と言ってくれた。
こんなこと言わせるわたしは最低だ。
自己嫌悪に陥る。
旦那に申し訳なさすぎて、情けない思いでいっぱいになった。
でもこうしないと、もう自分の精神は保たないくらいグラグラの状態だった。
さっきの、じいちゃんの「いい肉食べて元気つけてやー!」の声がこだまする。
第三者はそれくらいの距離感でいてほしい。